*Other Side Of The TRAP*
“夢見るだけなら寝ててもできます。”
そう言った彼女の目に僕は恐くて『最低評価』にマークした。
でも僕がそうしたせいではない。
彼女が落ちたのは。
僕は一昨年この高校へ来た、まだまだ新米教師だ。
今年は推薦受験の見学を申し出たところ審査の真似事までさせてもらえた。
面接のベテラン先生6人+1人で若い僕だけが妙に浮いていた。
―失礼します。―
一度に10人ずつ長いスカートと不自然なくらい黒い髪の子供達がほとんど同じポーズでやってきて似たようなことを話して出て行く。それが何組も続いて僕は、まぁこんなもんだよな。と疲れていた。
しかし、最後に差し掛かったときぼくだけじゃなく皆が目を見開く。
その少女は何とどうどうとした態度であろうか。
何と綺麗なのであろうか。
くぎ付けにされた。
全員が話をする間も彼女から目がはなせない。
子ど達は自分の夢を語り、慣れない敬語が溜息を近づかせる。
「―――――、、。―――。 私は―――。夢見るだけなら寝ててもできます。」
その部分だけが記憶になる。
彼女の夢が何か、、彼女が叶えたい理由、何一つわからない。
ただその目が僕の目に穴を空けたようだった。
合格者名簿に彼女の名はなかった。興味本位を装って他の先生に聞いてみると、部活が帰宅部なのと、欠席の多さだった。募集要項のぎりぎりの欠席、いやぎりぎりというかももう学校の校長がよく通したものだと思わんばかりな感じであった。
そして入学式。
やっぱり未だに雑用をさせられる僕は少し曇り空の下、生徒の確認をしていた。新品の制服に身を包んだ子供達が体育館へ次々と入っていく。
式が始まって一息ついたところで僕はやっと冷めかけたコーヒーに口を付けた。
バタバタバタ!
そう、必ずいるんだ。最初って時に遅刻する冴えない男が。
「遅くなりました。」
それは俺の予想を少し反した女の子だった。
それは声だけで確認したことで実際に目を向けたりはしなかった。
「クラスは?」
「11組です。」
「はい、体育館の一番奥ね。」
「ありがとうございました。」
書類にだけ目を通し紙を渡した。
ただ少し気になったのは彼女が走り去るときにしたタバコのような匂いだった。
僕は体育教師で常に体育準備室の机にいる。
この学校の体育会系教師はその迫力も会ってあまり慕われてはいない。しかし嫌われているわけではないということが生徒との調度いい距離らしく授業は充実したものである。
その先生方はいつも僕の指導をしてくれてまるで僕まで生徒のようだ。
そんな僕でも教員であることには変わりなく今年は3年目ということもあって新一年生半分の女子を受け持つことになった。
“一、二、三、四、五、六、七、八…”
この学校には特別な体操がある。4月の体育はほとんどがその体操の授業。そして今、5月の中旬に入ってくると、チャイムが鳴る前から集まって先生が出てくる前に体操を始めるようになる。
「はい、今日はソフトバレーです。」
この頃になると初めは普通の靴下だった子が何メートルもあろうかというルーズソックスになっていたり、人形のようだった黒髪がオレンジに輝いていたりと生徒の種類も微妙に分かれてくる。僕は一応注意をするが聞く様子もないのでそこまで真剣にはならない。
バタ―――ン
「先生!!」
僕がバレーの様子を見回っていると一番端のコートでひやっとさせられる大きなくて鈍い音が響き、呼ばれて振り向いたときにはもうそこに皆が集まっている状態だった。
「どうしたっ?!」
慌てて掛けていくと一人の子が倒れていた。あのものすごい音は彼女が倒れた音だった。見ていた生徒が言うにはフラっとしたと思ったら、ポールに倒れかかってそのまま一緒に倒れたという。
僕は頭が真っ白になって考えが浮かばなくなった。しかしぼーっとしている場合でもなく、生徒達に体育を続けるように指示だけだすと、彼女を担いで保健室へ走った。
彼女は特に病気というわけではなく、次の時間から通常の授業を受けたという。
そして僕はというと保健の先生に叱られたのだった。彼女の身に何か起こっていたのだとしたら、体を動かさないように担架で運ばなければならなかったらしい。
コンコン
「失礼します。先生コレ作ってきたんですけど、良かったら食べてください。」
「君は。」
僕はその倒れた彼女の顔をナゼ今まで見たことがなかったのだろうか。
彼女はあのときに僕の胸に穴を空けた、、、目で。
僕にありがとうございました。と言った声。
今まで気がつかなかったのは彼女に存在感がまるでなかったからなのだろうか。
彼女はそうやって困惑する僕の心を知るはずでもなく、にっこりとして小さい包みを渡してきた。中身はクッキーで、ぼくが一つ口に運び美味しいと言うと満足気な表情で帰っていった。
ハァ
そうか、彼女は一般入試で…。
気づいてからの授業は彼女から目が離せない。
ナゼだろう?
そんなに恐い存在なのか。でも解らない。
いつもどれだけ見ても何も変わった様子がない。
「先生!また瞳ばっかみてる。」
「へっ?」
「さっきから呼んでるのに~先生瞳にゾッコンって感じ。」
今時の高校生はとんでもないことを言う。先生と生徒の恋愛を想像しているようだ。
「ふざけてないでさっさと初めてください!」
僕がこうムキになってしまうから更にあおられるわけなのだが、どうも言われると焦ってしまう。
最近になって言われる回数も増えて、、、僕の目はそこまであからさまに彼女を追っているのか?本人に気づかれているかもしれないことを考えて見ると少し恥ずかしくなった。
「先生。あげるっ☆」
また彼女であった。忘れようとしても忘れられない。
「高橋、君って推薦のときにいた子だよね。良かったな入れて。最近気づいたんだ。僕のことわかる?」
「えっ?試験官してたんですか?そういえば浮いてるくらい若い先生いましたっ!あの推薦では落ちちゃって、一般でがんばりました。」
「そうだな、あきらめちゃあ入れなかったもんな!高橋。」
クスッ
「どーした?俺変なこと言ったか?」
「えっと、私のこと“高橋”って呼ぶ人先生合わせて二人しかいないんだよ。変な感じ。それにアンタのしゃべりかた熱血先生ぽくて不自然…作ってるワケ?その性格。」
「ん?」
「先生はクラスで結構人気ですよ。かわいーとか言って。」
クスクスと笑いながら言う彼女。でも僕は今何か引っかかることがあって、、、。
これではまた気になってきてしまう。彼女から逃れられない。
「、、、。かわいーって、、、僕そんなに頼りないかなぁ。ハハハ」
「いえ、、そういう意味じゃっ!ごめんなさい。」
彼女は困ったような顔をしていたがチャイムの音が鳴って、そのまま戻っていった。
彼女と僕の年の差は9歳。
そして関係は教師と生徒。
彼女は僕の教官室によく来るし、僕が彼女を目で追ってしまうし、、、。
高校生の妄想と推測、偽証で僕達は人目からとんでもない関係とされてしまっていた。でも僕も高橋もこの時点で、そのことには気がついていない。気が付いていたら少しは意識したり気をつけていただろうに。
どうしても自分のことがうわさの中心になるという経験がない二人は皆と知らない時を過ごしていた。
ガシャン
「きゃっ――」
ある朝早くに体育倉庫から物の落ちる音がして、僕は走って向かった。早い時間過ぎてほとんど誰もいないはずの場所からの悲鳴に僕は心臓がドクドクいうのがわかった。
「だっ、、誰かいるのか?」
数秒走っただけなのに息切れした僕は想像していたモノとはかけ離れた光景に呼吸困難になりそうになった。
実を言うとオバケや幽霊といった類には弱い。
人の気配のない体育倉庫にボールが散らばっているのを見て足がすくんだ。
しかし、
「高橋っ?!何やってんだ、、、。」
「見つかっちゃった!あの、スポーツ大会の朝練しようってことになって。」
音は彼女がバスケットボールのかごを勢いよくぶちまけたものだったのだ。ボールにまみれて彼女は泳ぐようにもがいていた。
一応逃げようとしているらしい。スポーツ大会練習のボール貸し出しは禁止だからである。
「ほら、手ぇかして。」
「ごめんなさい~」
ぐいっ
「だはっ!」
彼女にひっぱられて僕もボールの中へ落ちた。
「“だはっ”だって。クスクス。」
彼女はお腹をおさえてわらった。
「…。」
「どうした?」
「あっ、いえ。」
彼女は笑って細くなっていた目を急に見開いたような目つきでどこかを睨んだようだった。
またナニかに穴を空けようとでもしたのだろうか。
そう思わせるような瞳だった。
「先生も共犯だよ。一緒に片付けましょっ。」
彼女のあの視線の意味はいつしかわかることになる。
それは遠いことではないが、遅かったことである。
あえていうなら2学期から他の学校へ移されることを命じられる夏休みの中頃だろう。
2年と半年ほどがすぎて彼女の卒業式がやってきた。僕は久々にこの学校の校門へ立った。
彼女が僕をハメたのなら、僕は彼女を忘れよう。
彼女が共にハメられたなら、僕はこの気持ちを伝えよう。
すべては、、、今体育館へ行けばわかる。
卒業を迎えて少し大人になった彼女に僕は逃げることはない。
これまでにも何度彼女に会いにこようと思ったことか…でも、待っていた。
それが間違っていなかったのかどうかということはこれからわかることである。
これからわかるはずなのだ。
そこに彼女が存在していれば。
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